ブランディングの初心

USAMIブランディング(株)/ CATAPULT(株)
ブランディングディレクター 宇佐美清

最近、ブランディングが世の中に馴染んできたように感じる。
あちらこちらで「ブランディング」という言葉を耳にするようになった。また、普通に経営者諸氏から「うちの会社のブランディングについて・・・」という質問を受ける。

私が初めて「ブランディング」に接したのは1994年。
外資系の広告会社に勤めていて、そこで<BRANDING>という英文マニュアルを見つけた。よくわからないが、なぜか魅力的に感じられて、そのまま翻訳依頼をしたことが記憶に残っている。
私にとっては、この1冊がその後の生き方を決める、すべての始まりだった気がする。

その時から20年を越えた。
最近感じていることは、日本における初期設定期の当時に比べれば、ブランディングはずいぶん成長したな、と思う。いろいろなことが明解になり、わかりやすく解説され、成功例も格段に増えている。
反面、初期の段階で大事だと思っていたことを忘れてしまった気がする。この忘却は進歩課程では当たり前に起きることかもしれない。それでも、このままでいいのか、という気がかりが残った。
そんなこともあり、2004年、5年頃に社内教育に使ったブランディング(当時はまだアカウントプランニングが通称だった)のパワポ教材を見直してみた。

たとえば、こうある。
ブランディングとは「得意先の売上向上であり、その持続的維持に尽きる。同時にそのブランドを世の中に認知させる、それが目的である」
また、実施していくうえで「まちがいや勘違いを恐れない。発想や理論が正しくても、現実に適合してワークしなければ無意味である」とある。

もちろん、わかっていることである。
わかっていると思っているがゆえに、このような強い言葉では、いまは語らなくなった。

この熱い気持ちを忘れたくない、忘れない方が良い。
素直にそう思った。ブランディングの波が来ている、そういう時代だからこそ、もう一度、初心に帰って、ブランディングの入り口を見直したい。

2016年3月11日

11/19が何の日だか知っていますか?

11/19は「世界トイレの日(WORLD TOILET DAY)」です。

※2001年11月19日に世界トイレ機関(World Toilet Organization)が創設され、「世界トイレサミット」が開催されました。さらに2013年の国連総会において毎年11月19日を国連「世界トイレの日」と制定しました。

日本に住んでいると、どこにでもトイレがあるのは当たり前ですが、世界の全人口の約3分の1がトイレがない環境で生活していると言われています。しかしながら、トイレ構築のための寄付は国際支援で集まりづらい分野と言われています。

トイレがないことで何が起こるのか?トイレの機能は何か?

11/12に、国際NGOであるwateraid(http://www.wateraid.org/jp/)のイベントが開催された。イベントのお題は、「世界トイレの日」をもっと認知してもらうためにはどうすればいいか?

上記のお題は、普段、当たり前である「トイレ」がどのような役割を持っているのかを考えさせるものである。一般的には、トイレは用を足すところである。しかし、途上国では、トイレに行くために線路を越えたり、女性の場合には襲われてしまうケースもあります。また、トイレ自体がない地域の場合、野外排泄を続けています。排泄物は、様々な病気を引き起こし、毎年インドでは、5歳未満の子供が186,000人以上亡くなっています。これはトイレがないことによって、水が汚染されたり、不衛生な環境によって引き起こされる下痢が原因です。
http://www.wateraid.org/jp/what-we-do/our-impact/stories-from-our-work/across-the-tracks

イベントでは、「トイレ=用を足すところ=頻繁に行くところ」という機能から
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・汚い、不潔な場所
・身近な場所、落ち着く場所
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という点に着目して、【トイレの日=トイレを大切にする日】として、
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・トイレの日にトイレを綺麗にするキャンペーンを展開する
・トイレが不潔な場所というイメージを良くするためにアートを描く
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などのアイデアが多く出ていました。上記も非常に有効なアイデアだと思います。

「トイレ=ただ、排泄物を処理する場所」と捉えるか「トイレ=命を守るための装置」と捉えるか

しかし、途上国のケースを見て分かるように、トイレは用を足すという機能を持つだけではなく、伝染病の蔓延を防いだり、飲料などの生活用水に使用する水の汚染を防ぐ機能を持っています。その機能に着目し、大胆に考えると、「トイレは命を守る/強くするための装置(特に5歳以下の命)」と捉えることができます。

「トイレ=命を守る/強くするための装置」と捉えることで、
【世界トイレの日=5歳未満の子どもの命を救う/強くする日】と位置づけることができ、
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・同じ年齢の子どもが在籍する
幼稚園の親御さんをターゲットにしたキャンペーンにしよう
・公衆トイレに健康を良くするサプリメントをサンプリングしてみよう
※なぜ設置してあるかの説明をつけることで、トイレ=命を救う/強くするものとして認知してもらう
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などの新たな発想が出てくるようになります。

ブランドを考えるときには、そのブランドの基になる商品・サービスをどう捉えるか、本質を意識することが大事だと思っています。

上記はあくまで例示ですが、強く信頼されているブランドは、競合や類似サービスと比較して、独特のポジションを築いていたり、なぜか真似できない顧客に対するベネフィットを持っていたり、するケースが多いと考えています。そして、独特のポジション・ベネフィットの多くは、商品・サービスに対する捉え方・考え方=哲学が独特であることがほとんどだと感じています。

強いブランドを作りたいのであれば、商品・サービスを改めて見直してみて、今までと違う考え方を持つことができないか、本質を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。

※ちなみに、私がブランド作りを学びながら、同時に、NPO・NGOに関わる理由は、NGO・NPOが直面している問題の多くが、商品・サービスの捉え方の変更に迫られていて、学びが多い場だからです。もしよかったら、本業以外でも、NPO・NGOに関わってみるのはいかがでしょうか?

カタパルト・ストラテジック・ファシリテーター 坪井久人(一般社団法人チャリティージャパン代表)

Web検索の研究から考えるブランディング

Web検索の研究から考えるブランディング

私は8年間ほど大学の研究室でWeb検索の研究に携わってきました。Webといえばビッグデータ、どんな有益な情報がそこに埋もれているか分からない、データの宝庫。そんな宝探し的な要素が 魅力的なのか、Web系の研究に関⼼を持つ学生・研究者は増えているように思います。ずばり「ブランド」をターゲットとして直接意識した研究は希有なものの、例えば商品や企業、人物の評判を検索してくる研究があったり、購入履歴などからユーザの嗜好に合った商品を推薦する研究、印象や意味を考慮した自動ネーミングの研究などもあったりします。
「ブランディング、マーケティングにそのまま活かせるんじゃないの!?」という研究は、ブランディングに関わりだしてからつくづく感じるところです。私自身はブランディングについてまだまだ勉強中ですが、研究の経験や知識を基に好奇⼼をそそるコンテンツを提供していけたらと考えております。

商品を評価する-評価情報の研究から-

Webをターゲットにした研究分野の中で、『評価情報』を扱う研究は比較的盛り上がりを⾒せている分野です。コンピュータを使ってWebから評価情報を集めてくる際には、評価情報が曖昧だとコンピュータは困ってしまいます。あらかじめ「評価情報って何?」という点を明確にすることが、評価情報を扱う研究では、まず大事になってきます。何を評価情報とするか、その定義は研究者によってまちまちですが、主には以下に示す式の組み合わせと見なすケースが多いようです。

評価情報=評価対象+評価属性+評価表現

例を挙げますと、このデジカメは値段が少し高い。(評価対象=このデジカメ、評価属性=値段、評価表現= 高い)このデジカメはレンズが明るい。(評価対象=このデジカメ、評価属性=レンズ、評価表現 =明るい) という具合です。ちなみに人工知能や、こういったWebの研究では、「人間ならこうする」という考え方の流れをモデル化して、それをそのままコンピュータプログラムに置き換えていきます。人間に比べてコンピュータは与えられた仕事をより多くこなすことはできますが、誰も思いつかないような発想をして問題解決することはコンピュータにはできないからです。だから、ここで挙げた評価情報も、一般的に人間ならこういう観点で物事を評価するだろうという考え方に基づいています。そのため、コンピュータで扱うためだけでなく、企業活動においてもそのまま利用することができます。実際、一つの評価対象だけ取ってみても、その評価属性は様々です。コーヒーなら味や香りや価格、企業なら業績や成長速度や社会貢献度など、一つの評価対象には多種類の評価属性が存在して、この属性は良いが、あの属性は悪いという多面的な評価がなされます。
ブランドを考えるときは、その商品が持つ機能面や情緒面のベネフィットを整理することが大事なので、ベネフィットを論理的に分析する方法論として、「その商品(評価対象)に対する評価属性となるものは何か?」その評価表現は何か? という3つの要素で整理していくと、ベネフィットの洗い出しがしやすいのではないかと思います。その中で、「この商品はこの評価属性について、こういう評価がされたいのだ」という風に、ブランディングのゴールが見えやすくなるかもしれません。

カタパルト・テクノロジスト 佐々木 智

世の中なんて、パッと変わる、そういう時代なんだ

「世の中なんて、パッと変わる」昔、こんなキャッチフレーズを見た気がします。今の時代の気分だなあ、と記憶が蘇りました。
今日はコピー談義ではなく、マーケティングセンスの話です。
マーケティングセンスのない奴ってどうしようもない。とか、マーケティングセンスって何だろう、そんな話を時々耳にします。
私には、ズバリではないけど、この「世の中なんて、パッと変わる」という気持ちや意識がそれに近く、重要な要素のひとつという気がします。
生きている限り、次の瞬間に何が起きても不思議ではない、ということですね。いいことも、悪いことも、です。
先日、ラグビーのワールドカップで日本が南アフリカに勝ちました。劇的な勝利でした。以来、日本ではラグビー人気が続いています。高校生の時に、ヘボではありましたが、私はラグビー部に所属していましたので、それ以来、半世紀に及ぶラグビーファンです。まさか、生きているうちにこんな日がやって来るとは、まるで夢を見ているようでした。
これは、パッと変わった、いい例です。もちろん反面、あの3・11に代表される悲惨で忘れられない変転の一瞬もありますが、「パッと変わる」という点では真実です。
世の中は、毎日変わらず、平和で緩慢に動いているように見えていて、時折、情勢が一変する。良くも悪くも、そういう一瞬がある、ということですね。
ここで話を戻すと、変わらないものなんて世の中にはない、という意識。変わるなら、変えられるだろう、という思い。私がマーケティングセンスと言っている根っこはここにあります。
何が起きても不思議ではなく、変わっていくことこそが世の中の真実であるなら、当たり前のことや常識が、あっという間にくつがえされて、新しい当たり前が生まれても、それはごく普通のことである。
この価値観、思い込み、基準が、マーケティングセンスなのです。
こう思っている人には、知らず知らずのうちに、ビジネスの常識を塗り替えよう、世の中にあるマーケティングやブランドのあり方を変えてやろうという潜在意識が働いているのではないか、と思うのです。
こう思っていても、実現できるとは限らない。それも、また世の中ですが、変えてやろう、と思っていない人は、決して、何かを変えることはない、これが世の中の真理だと思います。
「世の中なんて、パッと変わる」このセンスと志を大切にしたいと思います。

ブランディング・ディレクター 宇佐美清

三井不動産グループの哲学

三井不動産グループは、不動産業界では三菱地所と双璧をなす巨人だ。当期売上1.5兆円、当期利益1001億円、総資産は三菱地所の方が上かと思ったが、こちらも0.1兆円多い5兆円で文句なしの日本の不動産トップ企業だ。自分の父が三井物産で勤めていた経験があったので、三井というブランドには、なみなみならぬ信頼というか、思いがあった。

今は人に貸しているが、千葉県船橋市に所有する私的な不良資産も三井のパークホームズというブランドだ。しかも私は、20代でこのブランドを気に入って、このブランドにこだわって、頭金を妹に借りてまで購入したのだ。自己資金は40万円だった。当時は20以上のモデルルームや中古マンションを見た末に、やはり三井しかないと決断した。住んでも、足音などあまり響くことなく、重厚で快適だった。三井系の管理会社も素晴らしく、チリひとつ落ちていないと表現できるほど、よく手入れされていた。

そして、ここに来てブランドが揺らいでしまった。横浜市都筑区の傾斜マンション問題だ。売り主の三井不動産レジデンシャルが、三井住友建設に発注し、杭打ちの部分は旭化成建材に発注された。買った人は三井不動産レジデンシャルから買ったわけだから、ブランドが直接的に下がるのは三井不動産レジデンシャルである。

記者会見で担当者を「ルーズな人だと思った」と旭化成建材の人が答えていたが、個人の資質のせいにしてはいけない。あくまでも仕組みの問題として捉えない限り、組織としての反省もできなければ、失敗を乗り越えることもできない。孫請けの失敗によってブランド価値を下げた発注元も同じである。リスクを予測し、そのリスクの芽を摘んでいく日々の努力が肝心なのだ。

ブランドは一瞬で崩れる。だから崩れる前に、崩れぬように、チェック体制や仕組みを作るための投資をしておくべきだと思う。しかし、この予測不能な世の中では、崩れたブランドを短期で立て直すのにお金をかける方が効率的と言う人がいる。有形資産で考えるとそうかもしれないが、ブランドは無形資産である。人の気持ちに刻み込まれた傷はそう簡単に癒えるものではないし、傷痕は残るのだ。

今回の三井不動産レジデンシャルと旭化成建材の対応の違いは、資金面での余裕が前面に出てしまっている気がする。三井不動産レジデンシャルが言っている高値買い取りや全棟建替は、旭化成建材にとって、会社の存亡に関わる問題なのかもしれないが、消費者再優先の姿勢を貫けば、組織が生き残る光明が必ず見えてくるはずだ。ここは起死回生のチャンスでもあるし、対応次第で器の大きさすら表現できる。

ちなみに、三井不動産レジデンシャルのウエブサイトにあるビジョンを見てみた。グループビジョン、グループステートメント、グループミッションなど、たくさん書かれているが、この中で安心・安全に関する記述は、唯一三井不動産レジデンシャルのビジョンの一箇所だけだった。

レジデンシャルは販売会社なので、営業を頑張るように、前向きな言葉が並ぶのはしょうがない。しかし、グループミッションに安全安心がないのは画竜点睛を欠くというか、「住」を扱う企業体にしては、あまりにも使命感の捉え方が軽くないだろうか? まずは人命・健康を脅かすものは作りません、そこからではないだろうか。

問題のマンションの住人が、これらを見たら、「儲けることしか考えてない」とならないか? ちなみに旭化成建材のウエブにはビジョンも、ミッションも何も表されていない。今回のような問題が起きたとき、社員は何を判断基準に行動すればよいのだろう?

ここで教訓。企業経営には自社が関わるすべての領域での安全基準が必要だ。リスクを洗い出した後に、「してはいけないこと」を決めるだけだ。これだけで、全然違う。

調べたら、1975年に創刊し、三井不動産ブランドの代名詞でもあった会報誌「こんにちは」が昨年終了していた。あの、やさしい雑誌づくりにこそ、三井不動産のサービス哲学があふれていたのに。

ブランディング・ファシリテーター佐藤浩志

フォルクスワーゲンが失墜させたもの

ご存知の方も多いと思うが、フォルクスワーゲン(VW)の生みの親はナチス総統のヒトラーだ。技術者はフェルディナント・ポルシェ。文字通り国民車であり、第二次大戦敗戦後のドイツの悔恨と反省、復興におけるプライドの象徴という役割を、この企業は背負わされてきた。今回のディーゼルデータ改ざんの違法ソフト問題は、行き過ぎた利益主義も理由だろうが、国家的企業としてのプライドも、不正の後押しをしていたように思えてしまう。他国のEVやハイブリットに対抗するには、クリーンディーゼルというポジションを極めていくしかなかったのではないか。これは、まさにブランド成熟企業のジレンマとも言える。

現に私自身、相当気に入ってVWの製品に乗っている。ただし、燃費は公式発表より、明らかに落ちるという印象はある。前に乗っていたドイツ車からプリウスαへの買い替えを考えていた2年前、高速道路のパーキングでふと気づくと、周りのほとんどがトヨタプリウスとアクア、という場面に出くわし、画一感に寒気がした。そこでエコに対するまったく異なるアプローチを行っていて、ハイブリッドとは異なった、「エンジンのダウンサイジング」というポジションで好評価だったVWの製品を買ったのだ。

日本には問題のソフトが搭載された車種は並行輸入品で数えるほどしか流通していないとのことだが、当のVWの消費者の一人としては、「裏切られた」という感覚は今のところない。日本の他のVWのユーザーも皆、同様の気持ちなのではないだろうか? ただ、「悪意を持って、やらかしちゃったなあ」とは思う。すぐには乗り換えようとは思わない。しかし、なぜこんなにも他人ごとなのかの理由もはっきりしている。実害がないからだ。

2002年に2件の死亡事故を招いた三菱自動車のリコール隠し問題では、犠牲者が出たことで、一気にブランドの信用力を失った。自分の所有物が人を殺してしまうかもしれない、という恐怖は実害以外の何物でもない。正直10年以上を経過した現在でもブランドの信頼度が回復したとは言い切れない。当時、三菱の自動車に乗っていた友人は、すぐに買い替えを考えていたし、逆に新車がとんでもない値引きになっていた記憶もある。ブランドの価値が下がったということである。

こう考えると、ブランドはつくづく人の心の中の問題だということに気付かされる。人命を脅かすブランド、ウソをつくブランドは必ず嫌悪される。欧米でのVWは、まさに今、この火中にある。日本で「そのクルマに乗ってるの? やばくない?」となれば、晴れて嫌悪ブランドへの仲間入りをしたことになる。私はユーザーなので、それを実感できるはずだ。

そしてVWは、工業国として日本人が唯一リスペクトしているドイツという国に対する信頼まで失墜させた。マクロで見ると、その罪が一番重いのかもしれない。きっと、ドイツ企業の不祥事が目につくようになり「ドイツどうした?」という論調が展開される。直近の情報では、日本のVWの売上は前年同月比3割減と落ち込みはじめている。きっとネット上でもたくさん叩かれるだろうし、VWのユーザーということだけで、ネット上では非難の対象となるだろう。

そこで、教訓である。ブランディングを行うときは、その商品やサービス、企業が引き起こす可能性のあるリスクを把握し、最悪の事態が起きた場合の対処法を考え、そして社員が内にも、外にも、ウソをつかない、ウソをつけない環境を作らなければならない。

昨今話題の東洋ゴム工業、三井不動産レジデンス、旭化成建材が、どうブランドをリカバリーするのか興味深い。

戦略と戦術

よおーくかんがえよ~。戦略は大事だよ~。

 

10年ほど前でしょうか、マーケティングで世界的に有名な企業の元バイスプレジデントと、長い間定期的にブランディングやマーケティングについてのお話を伺う機会がありました。その人は戦略とは端的に「寝首を掻っ切ること」とおっしゃっていました。意表をつくものでないといけないという意味だと解釈しました。また、その人がコンサルタントとして外資系だが中身は超ドメスティックな企業を担当されたとき、営業担当の部長から「戦略では食えんからなあ」と皮肉られ、短期間で離れたそうです。その企業はその後一時、倒産寸前まで業績が下がりました。

 

多くの企業で「戦略」という言葉に対する拒絶感、拒否感があるように思えてなりません。巷のコンサルタントに、いいように戦略だけ作られて大金を奪取され、ふたをあけたら「あとの細かいことは社内でがんばってください」と突き放され、もう少しやってくださいとお願いすると、あとはこれだけかかりますと,さらにお金をむしり取られる。そんな構図が見え隠れします。

 

これは、コンサルタントに丸投げ、任せっきりにしてしまう日本企業の姿勢もありますが、あまりにも日本のビジネスに戦略と戦術の考え方が浸透していないことが原因とも思われます。戦略・戦術には目的が必須です。もちろんほとんどの企業の目的は永続的に業績を上げること以外ありえません。その目的に到達するための方針が戦略、具体的施策が戦術ということになります。

 

戦略戦術は企業経営においても必須ですが、ブランディング、マーケティング活動においても必須の要件となります。特に戦略なくしては、すべての活動の一貫性は担保できません。戦術は具体的な施策ですから戦略がなくとも成立しますが、消費者から「やっていることがバラバラで意味不明」という評価があった場合は、戦略の欠如、もしくは戦略の理解不足が原因と思われます。また戦略・戦術を明文化することは、やっていることの一貫性を確認できるメリットと、失敗を検証するときに有効な材料になるというメリットがあります。戦略・戦術をきっちり策定したからといって、ビジネスすべてがうまくいくわけではありません。だから失敗したら検証する必要があります。こう表現すると「だったら戦術だけ考えればいいじゃん」という人も出るかもしれませんが、「戦術だけ考える=単発で販促や広告の施策を考える」と理解すると、ビジネスの一貫性や継続性の部分でブレが生じてきます。

 

ビジネスは利益を出すのか損をするのかトントンなのか、究極的にはその3点の中でもがき苦しむ行為だと思います。私も戦略戦術をつくっても、確率的にはどっちかなんだから、そんな面倒くさいこと必要ないのではないかと思うこともありました。しかし、戦略戦術を策定させてビジネスを進めないと、丁半博打をしているのとなんら変わらない感覚になってしまうように思えてなりません。成功の確率と負けの確率が50:50なら51と49でいいから、1%でも成功の確率をあげるための努力をするという行為の現れが戦略・戦術に基づいたビジネスをすることではないかと思っています。

ブランディング・ワークショップと、3つの成功要因

「戦略や戦術をつくる時、どうしてワークショップ形式なのですか?」このような質問を時々されます。そんな時は逆に質問を返します。「そのブランドを一番よく知っている人は誰でしょう?」

正解は、ブランドを所有している人。私たちがブランドオーナーと呼ぶ方々です。ブランドを自分で立ち上げて、世に問うている人たち、企業ならブランドを任されているブランドマネイジャーのみなさんです。 もちろん、私たちもがんばって勉強しますが、ブランドをわが子のように考えて育てている人には、すでに思いの強さでかないません。

このことに気づいて、ワークショップによる合意を大事にしよう、と考えるようになりました。

世間ではブランドを外部からサポートする人がアイデアを考案し、ブランドオーナーに提案して承認を受けると言うやり方が一般的ですね。これは時間も手間もかかるうえに、今さらながら相互の考えの隔たりや、勘違いまで浮き彫りにして、合理的ではありません。私たちのやり方は、オーナーも社員もサポーターも一緒になって、半日、あるいは丸一日かけて、そのブランドのためのワークショップを行うものです。

このブランドのためのワークショップを成功に導く要因は3つあります。

ひとつめは、参加者全員の平等で公平な意識です。その時間はタイトルなし。各々自由に発言して、多様な意見に耳を傾けるブレスト形式で、全てはブランドのためにお互い刺激し合って、一つになる。そういう時間にすること。

二つ目はフレイムワークです。ブランディング7ステップス、略称B7S(ビーセブンエス)と呼ぶブランディング戦略立案のためのメソッドを使って枠組みを組み立てます。B7Sは2006年の拙著「USAMIのブランディング論」で紹介されたもので、いくつかの成功実績をつくってきました。誰でも参加し活用できる、こうしたフレイムワークは、ブランドを世の中で開花させるために、欠かせません。

最後は、ワークショップを仕切るファシリテーターの重要性です。私たちには社員全員がそれぞれの専門性を持って、臨機応変にファシリテーションできるといスキルがあります。アートディレクターもウエッブのデザイナーもこのスキルを持っています。この複数の専門的なファシリテーションの組み合わせが、ブランド理解をより深くし、刺激を多様化して、戦略アイデアへの到達をスピードアップし、確実なものにしています。

戦略立案の後には、そのアイデアに基づく戦術展開案の考案が控えています。それぞれの専門分野を持つディレクターが相互の連携を確認しつつ、全体をファシリテートすることが、効果的な戦術を具体的に生み出すことにつながっていきます。

経営者のための新ブランディング・スタンダード #1

最初にすること、
ブランドに関する共通言語を持とう。

世の中が目まぐるしく変転している。日々、というより時々刻々と言っても過言ではない。私が身を置いているブランド・ビジネスの世界でも同様で、このところ身近なブランドの浮き沈みが目立っている。

ブランドは、人びとの気持ちの中に存在する。世の中が動けば、連動して人の気持ちが揺れ、ブランドに影響することも多々ある。この場合、そのブランドが持つ価値を、世の中の揺れ動きに焦点を合わせて変えていくのか、一考しなくてはならない。

同時に、こういう世の中だからこそ、変わらないことを大切にする、という考え方もある。俳人、松尾芭蕉の「不易流行」(ふえきりゅうこう)という言葉。蕉風俳諧の理念のひとつで、解釈はいろいろあるようだが、簡単に言えば「変化しない本質を忘れず、新しい変化も取り入れる」ということだろう。その意をちゃっかり借り受ければ、この言葉はブランドの本質を、うまく言い当てている。

いまお話しした、ブランドの本質を見据えつつ、変化にどう対応するか、というのは単なる一例に過ぎないが、こうした判断をすることは、ブランディングが担う項目のひとつでもある。今の世の中でブランドを所有すれば、近々あるいは、いつかこうした課題に直面することになる。そのスムーズな解決は、経営者の重要な資質として、ますます求められることになるだろう。

さて、経営者がブランディングを成功させるうえで、まずやるべきことは、何だろうか。

私は、経営者がブランドあるいはブランディングという抽象的な概念を理解した上で、自分の言葉で、つまりわかりやすい言葉で定義づけること、文章にして、話せること、そしてそれを企業内の共通言語にしていくことだと考えている。

これは、経営者にとって、数字を見て先を読むことと両翼をなす、もうひとつの大事な資質である。経営者は、会議などの席上で、往々にして課題や方向性などを、ひと言で言い切らなくてはならない。また、自分の企業のビジョンを文章で明確にし、それを伝えなくてはならないからである。

抽象的な概念を、わかりやすい言葉にするには、まず本質を理解することが大事である。次にそれを簡潔で平易な言葉で表すことが求められる。これには、ある程度、その人なりの解釈が入ってもいい。むしろ「らしさ」が出て、解釈があった方がいいとも言える。経営者にとって、言っている内容は同じだが、言葉の使い方が異なることは珍しいことではない。

さらにもう一つ大事なことは、それを社員に浸透させることである。共通言語がなければ、経営者は自分のブレインとブランドやブランディングの進むべき道を議論することが出来ない。充分な議論をかわした上で、さらに誤解のない言葉になっているかを精査して、社員に伝えていく。いずれは、全社員の共通言語にすることが目標になる。

2015年6月8日

次回予告:「ブランドって何?本質を理解しよう、わかりやすい言葉にしよう」

予告!<経営者のためのブランディング・スタンダード>連載

経営者のためのブランディング・スタンダード>という寄稿連載をブラスタで開始します。この「スタンダード」は基準・規範というよりは、経営者が知っていて当然、やっていて当然の、ブランディングに関する「当たり前のこと」を指しています。

対象は、これから自社にブランディングの導入を考えている経営者、あるいは数年前からブランディングの考え方を取り入れている、という経営者の方々です。ブランディングに限らず、何事においても初心は大切ですが、実務上の現実的な課題に直面した時に忘れるのも、また初心です。経営者にとってのブランディングに関する当たり前のこと、最初の一歩として、前向きな振り返りとして、お役立ていただけたら幸いです。

<ブランディングに関するスタンダードな10の質問>

社員から次の質問をされたとします。
あなたはわかりやすく答えてあげられますか?

①ブランドとは何か?
②製品とブランドとの違いは何か?
③ブランドについての認知、理解、関与とは何か?
④企業ブランドと製品ブランドの違いは何か?
⑤BtoB ブランドとBtoCブランドとBtoBtoCブランドの違いは何か?
⑥ブランディングとは何か?
⑦ブランディングとマーケティングの違いは何か?
⑧ブランディングにおける戦略と戦術とは何か?
⑨ブランディング戦略立案の基本とは何か?
⑩ブランディング戦略立案における重要要素とは何か

 

宇佐美清
CATAPULT(株)
取締役ブランディング・ディレクター