フォルクスワーゲンが失墜させたもの

ご存知の方も多いと思うが、フォルクスワーゲン(VW)の生みの親はナチス総統のヒトラーだ。技術者はフェルディナント・ポルシェ。文字通り国民車であり、第二次大戦敗戦後のドイツの悔恨と反省、復興におけるプライドの象徴という役割を、この企業は背負わされてきた。今回のディーゼルデータ改ざんの違法ソフト問題は、行き過ぎた利益主義も理由だろうが、国家的企業としてのプライドも、不正の後押しをしていたように思えてしまう。他国のEVやハイブリットに対抗するには、クリーンディーゼルというポジションを極めていくしかなかったのではないか。これは、まさにブランド成熟企業のジレンマとも言える。

現に私自身、相当気に入ってVWの製品に乗っている。ただし、燃費は公式発表より、明らかに落ちるという印象はある。前に乗っていたドイツ車からプリウスαへの買い替えを考えていた2年前、高速道路のパーキングでふと気づくと、周りのほとんどがトヨタプリウスとアクア、という場面に出くわし、画一感に寒気がした。そこでエコに対するまったく異なるアプローチを行っていて、ハイブリッドとは異なった、「エンジンのダウンサイジング」というポジションで好評価だったVWの製品を買ったのだ。

日本には問題のソフトが搭載された車種は並行輸入品で数えるほどしか流通していないとのことだが、当のVWの消費者の一人としては、「裏切られた」という感覚は今のところない。日本の他のVWのユーザーも皆、同様の気持ちなのではないだろうか? ただ、「悪意を持って、やらかしちゃったなあ」とは思う。すぐには乗り換えようとは思わない。しかし、なぜこんなにも他人ごとなのかの理由もはっきりしている。実害がないからだ。

2002年に2件の死亡事故を招いた三菱自動車のリコール隠し問題では、犠牲者が出たことで、一気にブランドの信用力を失った。自分の所有物が人を殺してしまうかもしれない、という恐怖は実害以外の何物でもない。正直10年以上を経過した現在でもブランドの信頼度が回復したとは言い切れない。当時、三菱の自動車に乗っていた友人は、すぐに買い替えを考えていたし、逆に新車がとんでもない値引きになっていた記憶もある。ブランドの価値が下がったということである。

こう考えると、ブランドはつくづく人の心の中の問題だということに気付かされる。人命を脅かすブランド、ウソをつくブランドは必ず嫌悪される。欧米でのVWは、まさに今、この火中にある。日本で「そのクルマに乗ってるの? やばくない?」となれば、晴れて嫌悪ブランドへの仲間入りをしたことになる。私はユーザーなので、それを実感できるはずだ。

そしてVWは、工業国として日本人が唯一リスペクトしているドイツという国に対する信頼まで失墜させた。マクロで見ると、その罪が一番重いのかもしれない。きっと、ドイツ企業の不祥事が目につくようになり「ドイツどうした?」という論調が展開される。直近の情報では、日本のVWの売上は前年同月比3割減と落ち込みはじめている。きっとネット上でもたくさん叩かれるだろうし、VWのユーザーということだけで、ネット上では非難の対象となるだろう。

そこで、教訓である。ブランディングを行うときは、その商品やサービス、企業が引き起こす可能性のあるリスクを把握し、最悪の事態が起きた場合の対処法を考え、そして社員が内にも、外にも、ウソをつかない、ウソをつけない環境を作らなければならない。

昨今話題の東洋ゴム工業、三井不動産レジデンス、旭化成建材が、どうブランドをリカバリーするのか興味深い。